Presented by NAFL 日本語教師養成通信講座
  ことばの使い方(社会言語学・敬語)

分類:その他
「よろしかったでしょうか?」は正しい?
 飲食店などに行くと確認を求める場面で「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」のような表現を耳にします。問題はなぜ「よろしいでしょうか」ではなく「よろしかったでしょうか」を用いるのかという点です。「この間の約束だけど、日曜の3時に駅前でよかったっけ」のように前提となる内容が存在していて、それに対する確認の意味で用いる場合は「よかったっけ」や「よろしかったですか」で特に問題ないと思われます。しかし何も前提のない状態で用いていると不自然に感じられます。

 ところで北海道や東北地方の一部では前提のあるなしにかかわらず「タ」形を用いることで丁寧さ(あるいは婉曲)を現す方言が存在します。もっとも顕著なのは電話に出るときで、共通語の場合「はい、××です」と名乗るところを「はい、××でした」のように言います。「よろしかったでしょうか」については出自が明らかでないため方言と直結して断定することはできません。しかし先の例は「タ」形が単に過去を表すだけでなく和らげや丁寧のニュアンスを持たせる機能を持っていることを示唆しているとも考えられます。したがって「よろしかったでしょうか」の場合は(仮に造語であるとしても)和らげを持たせようとする配慮が働いていると考えることもできます。これは共通語としては馴染まない表現ですが、方言も視野に入れた場合、日本語としてまったく文法的でないと断言するのもためらわれます。

 今日のサービス業(特に飲食店など)では、挨拶や確認など業務上頻出することばを馴染む馴染まないにかかわらず定型化する傾向があります。これはファーストフード店などにおける業務連絡の定型化の延長線上にあるとも推察できます。これはいわゆる業界用語に通ずるところがあります。しかし業界用語はその集団内で通用すればよいので問題ありませんが、サービス業の場合は集団に属さない人とのコミュニケーションが伴うため言語的な摩擦が生じる場合があります。たとえば「いらっしゃいませこんにちは××へようこそ」という表現を耳にしたことがありますが、これは来店の挨拶と出会いの挨拶と歓迎の意思表示が混在しており、日常ではあり得ない表現と言えます。「商業敬語」ということばには「通常は使わない敬語」というニュアンスがあります。「商業敬語」とは正にこうした言語的摩擦を反映したことばと言えるでしょう。

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